いちかわはんまー19 (まどか☆マギカ VS AVENGERS )


まどか☆マギカVSアベンジャーズ サイドストーリー
アフター・ザ・グンマーエンパイア 
ビフォアー・ザ・グンマーエンパイアの続きになります)


 ミタキハラシティの昼下がり。どこにでもあるコーヒーショップのテラス席。そこには地元中学の制服を着た少女と、ブラウンの革ジャンに身を包んだ金髪の青年が座っていた。少女の名前は、暁美ほむら。ミタキハラの魔法少女である。そして青年の名前はスティーブ・ロジャース。アメリカが誇るヒーロー、キャプテンアメリカである。
 テラス席での沈黙をやぶったのは、アメリカンコーヒーを半分ほど飲み干したスティーブであった。
「私の仕事はこれであらかた片付いた。ほむら、学校のほうは大丈夫なのかい?」
「この前の戦いで、見滝原中学校の校舎はほぼ壊滅状態。しばらくは休校ね。」
「そうか…。首謀者であるロキは身柄を拘束され、故郷であるアスガルドで裁判を受ける。そして君の追い求めた魔女〜ワルプルギスの夜も倒された。これで目的は達成されたわけだ。
「そういうことになるわね。…たった一人の少女の人生と引き換えに。」
「ああ。」
 二人はテラスから空を見上げる。二人はミタキハラシティで起こった「グンマーエンパイアの戦い」を思い起こす。
 「グンマーエンパイアの戦い」のちにそう呼ばれることになった戦いの発端は、故郷であるアスガルドを追放された王子、ロキがキュゥべえとよばれる小動物のような生命体に接触したことにある。ロキはキュゥべえと自身を「魔法少女」とする契約を結ぶことになる。
 魔法少女…キュゥべえと契約することで誕生し、さまざまな奇跡を「魔法」として行使できる少女たちの新たな革新。しかし、それは、どんな願いでも一つだけ叶えるかわりに、生涯を宿敵である「魔女」と戦い続けることを意味する。ロキは「自身を追放した義兄ソーに復讐する力」を願い事として契約した。言うまでもないことだが、ロキは男性である。しかし、キュゥべえたちにとっては「魔法少女」という名称は便宜的なものであり、魔法少女としての資質を持つ者の多くが女性だったに他ならない。その意味でロキはイレギュラー中のイレギュラーなのである。
 絶大な魔力を得たロキは、義兄ソーの愛する世界…ミッドガルトに向かった。われわれの言葉では地球のことである。彼がミッドガルトを選んだ理由はただ一つ。このミッドガルトを支配することで義兄へのあてつけとするためである。ロキは国連の組織S.H.E.I.L.D.の研究施設に侵入。当時、同組織は魔法少女の技術を一般兵に応用する実験を行っており、サンプルとして「魔女の卵」グリーフシードを保管していた。ロキはキュゥべえから獲得したソウルジェムの感応により、これを発見。そこで、研究員など70余名の命を奪い去り、その際に生じた憎しみや悲しみをトリガーに魔女が孵化する。すかさずロキはもとより備えていた使役の魔術を魔女を施し、忠実なしもべとすることに成功した。ロキは魔女だけではなく、人間や魔法少女すらも従えた。
 兵力を増強したロキは、ドイツにあるシュトゥッツバルトへ向かった。そこには規格外の大きさのグリーフシードが眠っていたからである。このグリーフシードは、のちに「ワルプルギスの夜」と呼ばれる最凶の魔女を誕生させる。しかし、S.H.I.E.L.D.の対策チーム「アベンジャーズ」によって作戦は失敗。戦局が不利と見たロキは投降。身柄を彼らの母艦である「ヘリキャリア」内に収監された。しかし、したたかなロキは彼らを仲違いさせるように仕向け、そこで生じた怒りや恨みの念をグリーフシードへ供給。ついにワルプルギスの夜が孵化した。混乱に乗じてロキの支配を受けた者達がヘリキャリアに強襲。ロキは奪還された上、ワルプルギスの夜も彼の支配下に置かれてしまう。
 最強の魔女を従えたロキは、太古の昔に栄華を誇った魔法国家「グンマー帝国」を再興すべく、自らを皇帝と名乗り、新生グンマー帝国の建国を宣言。時を同じくしてミタキハラに到着したアベンジャーズ+魔法少女の混成チームがロキに立ち向かう。
「破壊不能の盾を持つアメリカの護り手。キャプテン・アメリカ」
「ハイテクアーマーで空飛ぶ社長、アイアンマン」
「雷神トールの名を持つアスガルドの王子、マイティソー」
「科学者にて破壊者。神殺しの緑の巨人、ハルク」
「黄金の魔弾。マジカルマスケット銃の使い手、巴マミ」
「槍を自在に操る紅蓮の魔法少女、佐倉杏子」
「時間と空間を操る人間武器庫、暁美ほむら」
最強のヒーローと最強の魔法少女のドリームチームが誕生した。




「戦力的にはこちらの方が有利だった。人質をとられるまでは。」
「ええ。[あいつ]は、最初からまどかを狙っていたのよ。」
 知略に長けていたロキは、戦力的に勝ち目がないことは最初からわかっていた。そこで、ミタキハラの市民を洗脳し、人間の盾を形作った。罪もない市民を攻撃するわけに行かず、戦闘は膠着。そこでロキから「市民を解放する代わりに鹿目まどかを引き渡すように」という要求がアベンジャーズに出された。
「そもそも、まどかの引渡しを提案したのはロキではないんだな?」
「ええ。裏でロキを操っていたのはキュゥべえ…インキュベーターよ。」
「インキュベーター…孵卵器か。彼らは何を孵化させるんだい?魔法少女かい?」
「いいえ。魔女よ。」
 ほむらは、スティーブに魔法少女と魔女についての関係を話す。魔法少女の敵である魔女。しかし、それは全ての魔法少女の遠くない未来の姿であること。また、彼女らが絶望し、魔女に変容する際に発せられる、膨大なエネルギーの回収こそがインキュベーターの真の目的であることを。
「なんて事だ…。君たち魔法少女とは生きながら死んでいる存在だと言うのか!」
「その認識はおおむね正しいわ。私たち魔法少女はある意味ゾンビみたいなものね。」
「インキュベーターがまどかを狙っていたのは、彼女のもつ魔法少女としての資質の高さだそうだが…。」
「ええ、それは世界のルールすらも変えてしまうくらい。そして、最強の魔法少女は最悪の魔女となる。そのエネルギーがインキュベーターの狙いなのよ。そもそもロキの帝位や魔法国家などインキュベーターにとっては茶番に過ぎない。」




 事情を知ったまどかは自身を人質とする無謀な取引に応じた。
「それで、みんなが助かるんなら…。いいよ。わたしが代わりになる。」
 しかし、ここでのまどかの対応がアベンジャーズにとって思わぬチャンスを呼び寄せる。まどかは取引の際に油断していたロキからソウルジェムが変成した杖を取り上げ、グンマー県庁から投げつけたのである。県庁の屋上は100m以上。ソウルジェムの制御を失ったロキは一時的にただの抜け殻となっていた。
「ソウルジェムが肉体を制御できるのはせいぜい100m以内。それを超えると一切のコントロールが出来なくなる。もちろん、ロキが操っていた人たちのコントロールも解放されるわ。」
「さやか!」
 ロキの支配から解き放たれた魔法少女「美樹さやか」が自我を取り戻す。
「…すまないね。手間ばかりかけて…。」
さやかのソウルジェムは、元の鮮やかな青ではなく半分黒とも紫ともつかない色に変色を始めていた。
「ばかやろう!ここまで穢れを溜め込んで…。」
グリーフシードを取り出し、浄化しようとする杏子をさやかは制止する。
 



 
 半分残ったぬるいコーヒーをスティーブは飲み干す。
「しかし、開放されたのは人間や魔法少女だけではない。魔女も開放されてしまうとは。」
 ロキが操っていた魔女の中で最大の脅威である「ワルプルギスの夜」ロキの制御を失った恐ろしい災厄が、ここミタキハラシティに顕現。この災厄は姿をみせただけで千人単位の人命を奪い去る「魔女の中の魔女」と言えるであろう。
「3年前、スーパーセルの影響でトウキョウシティが首都機能を失い日本全国がパニックになった。これを教訓にミタキハラなどの各地方都市に首都機能を分散させたニュースは聞いたことがあるかしら?」
「ああ、首都機能の移転・分散計画だったか。…まさか?」 
「ワルプルギスの夜とは違うものだけれど。3年前のスーパーセルの正体は魔女よ。」
 ワルプルギスの夜が顕現したことにより、グンマー県庁は崩壊。まどかやロキはほむらやソーに助けられたが、県庁は跡形もなく消し飛んでいた。落下したソウルジェムを取り戻したロキにソーが食って掛かる。
「なんだ!このざまは。これがお前の欲しかった帝国なのか??」
 ソーの言葉に、ロキは眉をしかめてうなだれるしかなかった。
 本来なら、適格者以外は姿を見ることすらかなわない魔女。しかし、ほむらのソウルジェムを解析したS.H.I.E.L.D.の研究により、魔女の可視化が可能となっていた。だが、このことが新たな危機を生むことになる。
「核ミサイルがミタキハラに向け発射される…だと?どういうことだ。マリア・ヒル!?」
「国連からの要請により、艦載機からの核ミサイルの発射を決定。発射予定は今から約60分後です。」
「何てことだ!どうにかならないのか?」
「あなたたちは(核ミサイルを)まだ撃ち足りないの!」
激高するほむらに対してスティーブは冷静にこう答えた。
「今から60分後に核ミサイルがミタキハラに向けて発射される。おそらく魔女もろとも壊滅的な被害を受けるだろう。打破するためにはワルプルギスの夜を倒し、国連の本部にミサイルを自爆させるか、我々がミサイルを撃墜するほかない。」
「これは命令ではない!ただ、出来るなら、私と一緒にワルプルギスの夜と戦ってほしい!」
「あ〜。話はあと。でっかい歯車を倒してからな。」
 真紅の鎧をまとった社長は舞い上がり、渦中に消えた。
「祖国アスガルドの代表として。そして、この戦槌(ムジョルニア)にかけてを勝利を約束する!」
 アスガルドの王子は稲妻をまとった戦槌を振り回し虚空へ消える。
「ここまで来たらとことんやるしかないっしょ!」
 杏子は、そう言いながら鼻を鳴らし、ビルを駆け上がる。
「だいじょう…ぶ…。まだやれる…。」
満身創痍のさやかは、アスリートのようなスターティングポジションをとり、そのまま走り始める。
「ミタキハラの魔女は私たちの管轄よ。任せておいて。」
巴マミはウインクをした後、胸元のリボンをビルの鉄骨に引っ掛け、軽やかに登っていく。
「バナー博士…いや、ハルク。」
スティーブの問いかけに緑の巨人はいぶかしげに顔を向ける。
そしてワルプルギスを指差すと、こう告げた。
「SMASH!(ブン殴れ!)」
ハルクはニヤリと笑うと巨体を震わせビルを駆け上がる。
「まどか、貴方はここから少しでも遠く離れて。私たちが失敗すればここは核に汚染される。」
「ほむらちゃんを置いて行くなんてできないよ…。」
「ダメよ。あなたがいたら足手まといになる。それに…」
「それに?」
 ほむらはまどかから視線をそらし、背中を向けた状態で話を続ける。
「あなたを失えば、それを悲しむ人がいる。だからあなたはここで死んではだめよ。」
「私にはほむらちゃんたちのように戦う力は持っていないけれど、せめて、ほむらちゃんのそばにいちゃ、ダメかな…。」
「…わかったわ。でも一つだけ約束して。」
 ほむらはまどかに背を向けながら重々しく口を開く。
「これから先、何が起きてもキュゥべえ…インキュベーターと魔法少女の契約をしないで。いいわね。」
 そう告げるとほむらは弾丸のように飛翔する。「災厄の魔女」が待ち受ける空に向かって…。
 



 
 スティーブはさらにもう一杯のコーヒーに口をつけていた。。
「ああ。今にして思えば、生きるか死ぬかの戦いがここで繰り広げられていたんだよな。」
 早春のミタキハラの空を見上げると、そこにグンマー県庁はなく、抜けるような青空がのぞいていた。
「ええ。県庁はなくなってしまったけれど、春風は気持ちいいわね。」
「ちがいない。」
 眉を寄せ、おどけたポーズをとるスティーブ。
「私たちを、いや、このミタキハラを救った鹿目まどか…。しかし、ほむらに話を聞くまでは彼女についいて何も知らなかった。私たちは記憶を消されたのか?」
「そうよ。まどかは過去から未来まで、あらゆる存在の痕跡が失われた。私の記憶を除いて。」
「彼女はどこに行ったのか?」
「まどかはどこにも行っていない。いつでも彼女がそばにいる。それを意識できないだけよ。」
「まさか?彼女は神になったとでもいうのか?」
「ええ。まどかは魔法少女になる対価として、世界を作り変えた。」
「それは…魔女のいない世界にかい?」
 ほむらは目を閉じ、しばらくしてこう答えた。
「この世界は、すべての魔法少女が、魔女になる前に消え去る世界なのよ。」



 
 
 あたり一面に瓦礫が散乱し、地獄と化したミタキハラに嬌声とも悲鳴ともとれる声がこだまする。
「ワルプルギスの夜」魔法少女たちとアベンジャーズの力をもってしても沈黙することのない魔女との戦いは終わる気配を見せない。そんななか、魔法少女、美樹さやかのソウルジェムが限界を迎えていたのだ。穢れを溜め込んだソウルジェムはグリーフシードに変容し、新たな魔女が生まれようとしていた。
 しかし、その悲劇は一発の銃声によって回避された。引き金を引いたのは暁美ほむら。すんでの所でデザートイーグルの弾丸がグリーフシードに変化しつつあるジェムを砕いたのだ。
「ほむら!てめえ!!」
 佐倉杏子がほむらの胸倉をつかみあげる。だが、ほむらは杏子を睨み返す。
「不服があるのならいくらでも聞くわ。この戦いを生き残れたならね。」
「チクショウ!」
つかみ上げたほむらを突き放し、杏子が言葉にならない声を上げ、うなだれる。
「美樹さやかの事はあきらめて。どちらにせよ彼女は持たなかった。」
「何様のつもりだ?てめえにさやかの何がわかるっていうんだ!?」
「どんなにやりなおしても、さやかは魔女として死ぬか、魔法少女として死ぬかのどちらかよ。」
 2人の周りを魔女の使い魔たちが包囲する。
「ちぃ!」
「2人で対処するには数が多いわね。」
 ほむらが左腕のシールドに手をかけようとしたその時、上空から山吹色の魔弾が使い魔たちに浴びせられ、おおよそ半分が消滅した。
「マミ!」
 巴マミは上空から杏子とほむらの手前に着地すると、こわばった表情のまま杏子に話しかけた。
「袂をわかったとはいえ、元教え子の佐倉さんには絶対に死んで欲しくないの。いいわね。」
「あ、あんがとよ。」
 杏子がバツが悪そうに頭をかく。
「それに暁美さん。」
「なにかしら。」
「この戦いが終わったら、美樹さんのことも含めて全部説明してくれるわね?」
「約束するわ。でも今のところ、勝率は限りなくゼロに近い。」
「っ!?」
 3人の前に大きき暗い影が落ちる。上空からの轟音に気づき上を見上げると30メートルはあろうビルの破片が目前に迫ってきている。うろたえる杏子をよそにマミは冷静であった。
「暁美さん。確率は自分の力で導き出すものよ。」
マミは胸元のリボンを引き抜く。そのリボンがくるくると螺旋を描くと、一瞬にして乗用車ほどの巨大なガトリング砲に変化した。
「マミ、これはバルカン砲か?」
「違うわ。」
 次の瞬間、爆音とともにガトリングから巨大な魔弾が雹のように次々と放たれる。
「ティロ・ヴェンデッタ!!」
 放たれた魔弾はビルの破片に当たると山吹色の火花を散らした。鉄筋を、コンクリートをサンドブラストのごとく削り取っていく。虫食いのようにボロボロになった破片はさらに小さな破片となりマミたちに届く前に地面に落下した。
 しかし、ガトリングの回転は止まらない。マミは上空で嗤うワルプルギスの夜に視線を向けるとその方向に右手を振る。その動きに応じて銀の象嵌が施された巨大なガトリングは魔女を捕らえた。マミは一呼吸のあと、ガトリングに発射の合図を行う。唸りを上げ高速回転する7つの銃身、直径30ミリほどの山吹色の魔弾が魔女に向け放たれる。銃弾が魔女に当たると山吹色の火花が走り、魔女の青いスカートはボロ雑巾のようにはだけ、内部の歯車が一部露出していた。また、魔女の左腕に相当する部分は魔弾の飽和攻撃により弾け飛んだ。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!」
 マミの叫びに呼応して7砲身の獣がさらに甲高い咆哮をあげる。毎分3800発の弾丸が魔女の体を喰らい尽していく。火花と煙で状況は不明だが、これで魔法少女とアベンジャーズの勝利は約束されたと皆が確信していた…。



 
 
 スティーブはコーヒーをテーブルにおいた。
「しかし、A−10攻撃機に採用されているGAU−5アベンジャーを魔法で生成できるとは思わなかったな。」
「彼女は努力家だから、このためにいろいろと考えていたのね。一発撃って終わりのティロ・フィナーレでなく連射の効くガトリング砲にしたのも発射後の隙をなくすと言う意味で有効だわ。」
「撃つまでは撃たれ、撃てば撃たれない…か。」
「マミは自身の魔力を弾丸に変え、GAU−5アベンジャーで飽和攻撃を行うことでワルプルギスの夜に反撃のチャンスを与えなかった。ただし魔力は有限。ソウルジェムに蓄えられた魔力が完全に失われたら、彼女は崩壊する。」
「そうだったな。」
「ええ。それが手に入れた力の代償だから。」
 



 
「魔法で生成したアベンジャーか、こりゃ傑作だ。」
 アイアンマンアーマーのヘルメットバイザーを上げたトニーが鼻をならす。
 甲高く咆哮するGAU−5アベンジャー。巴マミのイメージで瀟洒な象嵌が施された7砲身の獣。しかし、その咆哮はマミの魔力の低下と共に徐々にか細い声と変わっていく。山吹色に輝く銃弾の雨は止み、回転する砲身もその動きを止めた。煙が晴れ、視界が回復する。7砲身の獣は姿を消し、マミだけがただ一人立ち尽くしていた。魔法少女の姿ではなくミタキハラの制服で。
「まさか!魔力を…。」
 ほむらがそう言いかけるまもなくマミが崩れ落ちる。その瞳は見開いたままで、手に持ったソウルジェムは穢れがジェム全体に広がりつつあった。倒れたマミの傍らに緑の巨人が押し寄せる。バナー博士が変容した姿…ハルクである。ハルクは懐から黒い粒を取り出し、それをマミのジェムに当てた。グリーフシード…彼が倒したお菓子の魔女の亡骸である。ジェムの穢れは半分ほど消えたが意識は戻らない。ハルクはマミを抱え一呼吸すると天地を揺るがすほどの咆哮をあげた。
「ごほっ!けほけほっ!」
 抱きかかえられたマミの瞳に困った表情をしたハルクが映る。意識を取り戻したマミに周りから歓声が巻き起こる。だが、その歓声の中に魔女の笑い声が混ざっていたことに気づくのが遅れてしまった。無防備な2人に報復とばかりに小さな太陽のような火球が押し寄せる。ハルクは耐えられても変身を解いたマミはひとたまりもない。
「!!」
 火球はマミとハルクを飲み込み爆発と共にあたりに轟音が響き渡る。吼えるハルクには目立った外傷はない。しかしマミは…彼女の目の前には2つの円形のシールドが立ちはだかり、地獄の業火を遮った。
「ロジャース…さん?」
「3月のミタキハラは日差しが強いな。」
「油断大敵よ。」
 火球の直撃を受けたキャプテンの盾は傷一つない。破壊不可能と言われるヴィブラニウムの盾。それはスティーブの意思の表れでもあった。そしてほむらも…。
「あのビルの上に上がりたいわ。スティーブ、手伝ってくれるかしら?」
 ほむらが20メートルはあろうかというビルの残骸を指差すと、スティーブは腰を落とし盾を両手で押さえ、それを踏み台にするように促した。
「これでいいかい?」
「ええ。」
 助走をつけヴィブラニウムの盾を踏み切り板としたほむらに、スティーブは力いっぱい盾を持ち上げ、ブーストをかける。ほむらの脚力とあいまって、少女は20メートルはあろうかというビルの屋上にたどり着いた。
「ヤツが弱っている今なら、私だけで!」
 意を決したほむらは小盾からRPG−7を2丁取り出すと両肩に携え、それらを同時発射、直後に時間停止。これを8回繰り返し16発の飛翔体が魔女に向かって飛んでゆく。全弾命中!まとわりつくピンクの使い魔はM60の散布射撃で一掃する。再び魔女の火球がほむらのいるビルの屋上目掛けて放たれる。発射を確認したほむらは時間停止。フックロープつきクロスボウを隣のビルに向け発射。滑車を使って乗り移る。停止解除。ビルは火球の直撃で崩壊した。
「この間合いなら!」
 隣のビルに移ったことで一気に間合いを詰めることに成功したほむらは小盾からパンツァーファウストを2本取り出す。空から降ってくる犬型の使い魔を照準器を手に持ちトンファーのごとく振り回してこれらをあしらう。飛び上がりワルプルギスの夜に向け2発を同時発射。さらにビルの屋上に残っている使い魔に向けて結束手榴弾を花嫁のブーケトスのごとく投下。残りの使い魔は沈黙した。
 ビルに着地する直前のほむらの目の前にワルプルギスの巨大な顔があわられる。逆さにつるされたその顔は目はなく、紅を引いた口だけが不敵な笑みを浮かべていた。次の瞬間その口が開き咆哮と共に周辺に真空の刃が発生、ほむらを襲う。すかさずほむらは「POLICE」と書かれたジュラルミン製の盾を構えるも少しずつ盾は削られていく。防御しきれなくなった袖や黒いタイツからは鮮血がふきだす。風圧に大きく流されたほむらはこのままだと地面に直撃してしまう…。
「!!」
 突如飛来した鋼鉄の騎士が落下中のほむらを抱きかかえ高速で駆け抜ける。赤と金の鎧…アイアンマン、トニー・スタークである。胸には円形のアークリアクターが青白い輝きを放っていた。
「私たちは対策チームだ。独断専行は感心しないな。」
「いいスーツね。」
「マークZ(セブン)、下ろしたての新品だ。」
「私にも一着つくってくれないかしら。」
「ああ、いいとも。CEOの承認が下りれば…」
「あなたじゃないの?」
「今のCEOは…彼女(ペッパー)だ。」
「無茶しやがって!このまま地面にたたきつけられたらどうするんだ!」
ブロンドの髪をなびかせ、戦槌を掲げたソーがほむらに詰め寄る。
「そうね。弟さんのように何度も地面に叩きつけられたら、たまったものではないわ。」
「ほむら!ロキはなあ…。」
 ほむらとソーが言い争いをしていると突如トニーにAI…ジャーヴィスから通信が入る。
「トニー様」
「なんだジャーヴィス!今は取り込み中だ。」
「さきほど艦載機からミサイルが発射され、あと3分ほどでミタキハラのグンマー県庁に到達いたします。」
「なんだと!」
 あと3分で核ミサイルが到達する。トニーたちに戦慄が走った。
「トニー!どうにかならないのか」
「ソー!耳元で怒鳴るな!…というわけだ、ほむら。私はこれからミサイルを止めに行く。」
「止める方法はあるの?トニー。」
「ミサイル自体を停止できれば一番だが、私ならミサイルに張り付いて進路を変えることは出来るだろう。そうすればミタキハラは助かる。その間、そこにいる大根役者にシェークスピア劇の演技指導でもやっていてくれ。」
 そういうとトニーはほむらをソーに預け、ミサイルの進路に向け全速で飛び去った。残されたほむらとソー。ほむらは抱きかかえられたままでソーに話しかけた。
「巴マミの命がけの攻撃でワルプルギスの夜はこれまでに無く追い詰められている。あと一撃、強力な攻撃を与えれば魔女は崩壊する。ソー。あなたにその手伝いをして欲しいの。」
「どうすればいいんだ?」
「簡単よ。私が合図をしたらあなたの戦槌…ムジョルニアであるモノを叩けばいい。チャンスは一度きり。できるかしら?」
「ああ、やってやるさ!!これで魔女を倒せるのなら。」
「決まりね。」
 ほむらとソーはふたたび最凶の魔女に立ち向かう。彼女らの全てを賭けた最後の一撃のために…。
 



 
 スティーブは2杯目のコーヒーを飲み干した。
「ほむら。君をビルに送った後、私はミタキハラ市民の避難誘導やけが人の搬送を手伝っていたんだ。空の飛べない私には、ワルプルギスの夜にはいささか分が悪いようだ。」
「そうね。でも、空を自由に飛べる人たちのほうが少数派よ。」
「まったくだな。地上にいたからこそ、まどかを探せたかもしれないのに…。」
「彼女の存在の痕跡はこの世界には一切残っていない。出会っていたとしても記憶はないわ。」
「存在の証が消失してしまった以上、ほむらの記憶だけが頼りか…。」
「わかっていることは、その間に、まどかとインキュベーターが接触してしまったことよ。」



 
 
「ぼくの事をお探しかい?」
 アベンジャーズと魔法少女たちの戦いを見届ける鹿目まどか。ほむらがワルプルギスと対峙している間を見計らい、姿をあらわしたのは、白い毛並みに赤いつぶらな目。キュゥべえ…インキュベーターである。マスコット然とした容貌とは裏腹に饒舌、言葉は辛辣である。
「キュ、キュゥべえ!?」
「事態が逼迫しているので手短に言うよ。ワルプルギスの夜を倒すため、国連軍が発射した核ミサイルがあと少しでミタキハラに到達する。魔女は倒されるかもしれないけれど、間違いなくミタキハラは壊滅するだろう。」
「これを回避するには、ぼくと契約して魔法少女になるしかない。どうするまどか?」
「それは…でも、ほむらちゃんが…」
「暁美ほむら…。彼女はまったくイレギュラーな存在だよ。ぼくがまどかに契約をお願いしようとするといつも決まって現れる。まるで行動を見透かされているようだ…。でも、これで、一つの確信を持つことが出来た。」
「彼女は、別の時間軸からやってきた。そうすれば全てのつじつまが会うんだ。」
「キュゥべえ…何言っているのかわからないよ…。」
 白い獣はまどかの近くにちょこんと座り、話を続けた。
「そんなに難しいことは言っていないよ。1つ目、ほむらはぼくと契約して魔法少女になっているはずなのだけど、ぼくにはその覚えがない。2つ目に、ぼくが君に契約を持ち込もうとすると必ずほむらが現れてぼくを潰していく。何匹潰されたか数えるのをぼくは諦めたよ。3つ目、君の魔法少女としての潜在能力の高さ。巴マミのレベルではない。魔法少女になれば世界そのものを変えてしまうくらいの力を持っている。」
「ここから導き出せる仮説。暁美ほむらは君が魔法少女にならないようにするために、別の時間軸のぼくと契約した。ほむらは時間を操ることで、同じ時間を何度も何度も繰り返し、君が生き残る道を模索している。でも、それはいまだに叶わず彼女は同じ時間を繰り返している。時間を巻き戻せば記憶はなくなるけれど因果は消えない。その因果が君に蓄積され続けているのなら、ただの中学生が桁違いな潜在能力を持っていることの説明がつく。」
「私たちは、おんなじ時間を何度も繰り返しているってこと?」
「おそらくね。ワルプルギスの夜を倒すこと自体は君が魔法少女にさえなればまったく問題ない。ほむらが気に入らなかったのはその後だね。」
「そのあと…なにがあるの?」
「魔法少女はやがて魔女になるからね。美樹さやかを見ただろ?」
「!!」
「今の君が魔女になった場合、その膨大な力は想像が出来ない。指をパチンと鳴らすくらいの力で宇宙全体の半数の命を死滅させることも不可能とは言い切れないね。」
「魔法少女の行く末が魔女なんて…。そんなのってないよ。あんまりだよ!」
 まどかは涙ながらにキュゥべえに訴えるが、彼は意に介さず話を続ける。
「やれやれ、君たちはいつもそうだ。全ての魔法少女は先に願い事を対価として受け取っているのに、どうしてその代償を支払うことに不平や不満を言うんだい?」
「美樹さやかの願い…上条恭介の左腕を完治させる願いは成就した。彼女もそのことを納得してぼくと契約したわけだからね。さやかがグリーフシードでソウルジェムの穢れを移そうとしなかったのははっきり言って自殺行為なんだけど、ぼくは、その危険性について警告はしたよ。」
「キュゥべえは、さやかちゃんに魔法少女はやがて魔女になるって説明したの?」
「しなかったよ。その必要はなかったからね。」
「ひどいよ!それじゃ騙しているのとおんなじだよ!」
「騙すなんて人聞きの悪い。リターンを得るのにリスクが伴うのは当然じゃないか。それに魔女だって、この宇宙の存続に一役買っているんだ。」
「宇宙の存続??」
「君たちは日々の生活のために石油やガスなどの化石燃料をどんどん使うけれど、それで得られたエネルギーを使っても、また化石燃料ができるわけじゃない。宇宙全体のエネルギーは少しずつ減少しているんだ。」
「それを補うのが魔女さ。魔法少女が絶望にうちひしがれ、魔女に変容する瞬間。希望と絶望の相転移現象でグリーフシードを中心に膨大なエネルギーが発生する。それを宇宙に還元することで宇宙全体の活力が保たれているんだ。」
「宇宙のエネルギーについてはなんとなくわかった…。でもなんで私たちなの?なんで私たち人類があなたたちインキュベーターに利用されなくちゃならないの?!」
「利用?とんでもない。君たち人類とぼくたちインキュベーターは有史以前から共存することで、人類は地球の食物連鎖の頂点に立ち、今現在も繁栄を極めているじゃないか。」
「ちょ、共存ってどういう??」
「はあ。言葉で説明すると時間がかかりすぎるからぼくの記憶を直接届けるよ。まどか、ぼくの目を見て。」
 まどかがキュゥべえに目を合わせたとたん彼の目が赤く輝いた。まどかはそのまま意識を失い、倒れこむ。その瞬間、まどかにキュゥべえの記憶の一部が走馬灯のようになだれ込む。



 
 
 …はるか昔。彼らインキュベーターは、目減りしていく宇宙の活力を取り戻すための技術を開発した。「魂の結晶化」によって感情エネルギーを宇宙エネルギーに変換し、宇宙へと還元する技術である。
 精神世界に干渉することで生命体に宿る魂を物質化し、管理しやすい形にする。それが「ソウルジェム」だ。肉体と切り離されたソウルジェムは、感情…特に怒り、苦しみ、絶望などの負の感情を感情エネルギーとして蓄積する。蓄積した感情エネルギーが限界を超えるとソウルジェムは莫大なエネルギー反応を発生。これらは宇宙エネルギーに変換され、宇宙に還元される。この現象によってソウルジェムが変容したものがグリーフシードであり、行き場をなくした思念が固定化したものが「魔女」である。
 インキュベーターの開発したこのシステムには大きな欠陥があった。彼らの種族は個々の意識が希薄で感情エネルギーが乏しく、エネルギーの蓄積に時間がかかるため、宇宙の活力減少のスピードに追いつかない。また知的でない動物の魂でソウルジェムを作っても同様であった。より強い感情を持った知的生命体を探すべく、母星を離れたインキュベーターたちは長い旅を始める。
 長い探求の旅の末たどりついたのは、有史以前の地球であった。まだ人類が原始的な生活を営んでいた頃である。知的生命体の存在を確認したインキュベーターたちは人類に接触し、彼らの魂を結晶化する実験を行った。老若男女さまざなサンプルを試したが、その中でひときわ大きなエネルギーを生んだ個体が複数確認された。それに共通することは第二次性徴期を迎えたばかりの女性…少女であった。この結果を受け、インキュベーターは地球に定住することを決意した。地球の環境に合わせ、インキュベーターは自らの遺伝情報を操作し、より効率の良い体に自らを改造していった。少女に好かれそうな容姿、そして、ソウルジェムを精製する器官を自らの中に生み出したのである。魔女を産むための「孵卵器」はこうして誕生した。
 これまでの成果から魂をソウルジェム化した個体はそうでない個体より身体能力が高くなる結果は出ていた。しかし、人類の場合は感情エネルギーの質量が膨大なため、同エネルギー放出による破壊、もしくは治癒、物質の転移、練成など、超常現象ともいえる不可思議な現象が頻発した。本来は精神世界に存在していた魂が物質世界に押し込まれた際、物質世界に魂が直接干渉することなり、それが超常現象の原因となったのである。インキュベーターはこれを「魔法」と呼んだ。またソウルジェムを精製する際に発生する膨大なエネルギーは宇宙エネルギーに転用できず、これまでは利用価値がないものとして扱われていたが、このエネルギーを使い、インキュベーターは因果律に直接干渉することが可能となった。彼らはこの現象を「願い事」として活用する。
 「願い事」とは?これは対象となる少女に自らの姿を現し「魔法」と「願い事」を材料にして交渉を持ちかけるようになっていたからだ。やがてインキュベーターはソウルジェム化した女性のことを2つの単語を組み合わせ「魔法少女」と呼ぶようになっていた。インキュベーターは適性のある少女に近づき、願い事を叶える代わりに魔法少女になってほしいと交渉を持ちかける。インキュベーターは少女の魂をソウルジェム化する際に発生したエネルギーを原資に因果律を操作。物質的、もしくは精神的に対象者の欲求を満たすことが可能となった。これにより、エネルギーの回収効率が飛躍的に増大した。この一連のプロセスを「契約」と呼んだ。
 インキュベーターと契約した少女たちはその後の行動がきっかけで歴史の転換期となった偉人が多く含まれている。日いずる国の巫女、砂漠の王国の女王、救国の聖女…。彼女ら多くの少女たちの希望、葛藤、そして絶望がまどかの心の中を駆け巡る…。それは、インキュベーターと人類が「共生」して歩んできた歴史そのものだった。
 



 
 まどかの意識が戻ると、気を失う前のミタキハラの風景がそこにあった。長い間、気を失っているような気がしたが、実際にはほんの数分の出来事であった。しかし、まどかの手足は震えが止まらず、涙がとめども無くあふれ出ていた。
「これが、私たちの…れきし…なの?」
「さすがにぼくの記憶を一気に送り込んだのはまずかったかな?でもしかたないよね。」
「今まで、たくさんの魔法少女たちの希望が絶望に変わるのをずっと見てきたんだね。それを見てあなたたちは何も感じなかったの??」
「何か問題でも?どうして君は人間の一個体の生死でそんなに感情的になるんだい?」
「かわいそうって思わないの!?」
「その感情は理解できないよ。ただでさえ人間の寿命は短い。彼女らが魂を代償とすることで願いが実現し、種族の発展と宇宙の存続に貢献しているのだから、感謝されることはあっても恨まれる筋合いはないよ。そもそも、自由意志での契約だからね。」
 インキュベーターは空に浮かぶ魔女を見ながらまどかに語りかける。
「ぼくがわざわざ君に記憶の一部を見せたのはそんな茶番をするためじゃない。これからの話をするためさ。」
「これからの話?」
「暁美ほむらは時間遡行者というのは前も言ったよね。もしこの戦いに勝算がないと判断したならば、彼女は時間を巻き戻し、何度でもワルプルギスの夜との戦いをやり直すだろう。」
「でも、それを繰り返すことでまどかの因果が積み重なり、今よりさらに強力な魔法少女になるだろう。そのことによって還元されるエネルギーは莫大だ。想像がつかない。だから、ぼくから君に無理に魔法少女になるようにお願いする必要はなくなったんだよ。」
「そ…それって?」
「どの過程を経ても結末は同じだからさ。暁美ほむらが魔女に勝ってもいいし、負けてもいい。また、君が魔法少女になってほむらを救済してもいい。いずれにしても君たちは宇宙全体を存続させる糧となる。どの選択をするかは君たち次第だ。」
「まどか、魔法少女になりたくなったらいつでも呼んでくれ。契約のテーブルはいつでも用意してあるからね。」
 インキュベーターの言葉にまどかは絶句した。自分たちが決して夜明けが訪れない「終わらない夜」の中にいることに気づいてしまったからだ。もし暁美ほむらが一人でワルプルギスの夜を倒しても、やがて魔女となってワルプルギス以上の災厄となる。まどかが契約しても同様だ。ほむらが倒れればミタキハラは壊滅する。時間を巻き戻せば因果はさらに積み重なる。魔法少女がやがて魔女を産むこの世界の理がある限り、まどかたちに救いはない。
「ほむらちゃん…。」
 まどかはその名前をつぶやきながら魔女との戦いを見つめる。今の彼女には他に手立てはなかったからだ。
 



 
「で、ほむら。俺のムジョルニアで何を叩けばいいんだ??」
ブロンドの無精ひげをいじりながらソーはほむらに尋ねる。
「私の魔力を封じ込めた杭よ。」
ほむらはそう答えると、銛のような形状をした巨大な杭を取り出した。
「…魔力は感じられないが?」
「魔力はこれから充填させるから安心して。」
「で、こいつをワルプルのどてっぱらにぶちかまして、俺がムジョルニアでぶったたけばいいんだな。」
「ええ。とてもシンプルな作戦よ。」
「ところで…どういう原理なんだ?」
「佐倉杏子が、以前魔女を倒すときに使った方法を参考にしたわ。私のソウルジェムの力を杭に充填させてワルプルギスの夜の中心部に打ち込む。でも、これだけでは倒せない。そこで、ムジョルニアの打撃と魔力をトリガーにすることで、杭の魔力が魔女の中で爆発。内部から破壊する手はずよ。」
「お…おう。分かった。とにかく杭を叩くんだな。」
「あと、もうひとついいかしら?」
「ん。なんだ?」
「もし、私になにかあったら、まどかの事をお願い。」
 そう答えたほむらの表情は穏やかであった。ソーが彼女の言葉の意味に気づくのはもう少し後になってからであった。



 
 
 上空。国連軍から放たれた核ミサイルはミタキハラシティの中心に向け、その歩みが止まることはない。そこに寄り添う鋼鉄の騎士。アイアンマン…トニー・スタークである。
「ジャーヴィス。核弾頭だけ切り落としてハッピーエンドにならないのか?」
「核爆発は防げますが、トニー様がミサイルの爆発に巻き込まれます。おそらくは助からないかと。」
「日本のアニメのようにはいかんか…。着弾まであと何分だ?」
「2分を切りました。」
「ミサイルに張り付いて進路を変える。1発目はいいが、2発目が発射されたらアウトだ。その前にナントカしてもらおう。」
「ペッパーCEOにお繋ぎしますか?」
「ああ、そうしてくれ。」
 ペッパー・ポッツ…。幼いうちに両親を亡くしたトニーにとって最大の理解者である。理由あって、彼女はスターク・インダストリーのCEO(最高責任者)を任されている。そんな彼女だが、トニーの呼び出しに応じることはなかった…。
「…」
「トニー様。」
「…いくぞ。」
 ペッパーが連絡に応じなかった理由。彼女は専用機のテレビでミタキハラのライブ中継に釘付けになっていたからだ。トニーを案ずる彼女に気づいてもらうにはスマートフォンの着信音は小さすぎた。主人に忘れられたスマートフォンは着信の報せをあきらめ、液晶からも光が消えた。
 



 
 地上。アベンジャーズと魔法少女の戦いを見届ける鹿目まどか。先ほどキュゥべえによって記憶を無理やり送り込まれた影響で、彼女はいまだに体の震えが止まらない。インキュベーターと人類のかかわり、魔法少女の真実も、まどかにとってショックではあったが、一番衝撃を受けたのはあまたの魔法少女が魔女になるまでの生々しい感情がダイレクトに流れ込んできたためだ。
「ぼくの記憶の一部を直接送るのは、手っ取り早い方法ではあるんだけれど、その情報量から人によっては精神に異常をきたしてしまうこともあるんだ。どうやら君は耐え切ったみたいだね。」
 語りかけるインキュベーターにまどかは口をへの字にして睨み返す。
「やれやれ、嫌われたものだね。これでも君のことを心配しているんだが…。」
「キュゥべえ。あなたは逃げないの?ここはそのうち…。」
「ぼくらは特に逃げるつもりはないね。人類の兵器で壊滅する前にほむらが時間を巻き戻すんじゃないかな?それに…」
「それに?」
 キュゥべえが顔を向けた先をまどかが注視する。そこにはおびただしい数の赤い光があった。逆光で影になっているが、シルエットを見る限り、あきらかにインキュベーターだ。その異様な光景にまどかは絶句した。
「これだけいれば、どれかは生き残るだろう。だから安心して契約してくれ。もっともその場合、君が生き残っているかどうかはぼくたちには分かりかねるけどね。」
 魔法少女の契約のため、自らの身体をも作り変えたインキュベーター。宇宙の活力のためとはいえ、彼らもまたソウルジェムのシステムに魅入られたモノ達なのだろう。恐怖におびえるまどかだが、ここであるイメージが頭をよぎる。「大学ノート」まどかたちが巴マミに魔法少女になるように誘われたときに自分が魔法少女になったときの衣装を鉛筆で描き込んだものである。何も知らず、幸せだったあの頃…。
「私が、魔法少女になるとしたら、どんな魔法少女になれるんだろう…。」
 まどかがそうつぶやいた瞬間、まどかに意識が流れ込む。しかしその表現は正確ではない。まどかの中に抑えられていたものが外に出ようとしているのだ。たとえるならば、束ねられていた髪の毛がほどけるようなイメージ。見開かれたまどかの瞳はいつもの桃色ではなく、まばゆい琥珀色に変容していた…。
 



 
…3月16日。ある少女が心臓病の療養を終え、病院を退院。その後、ミタキハラの中学校に転入した。アンダーリムの赤い眼鏡をかけ、黒髪を三つ編みにした少女である。
「暁美…ほむらです。よろしくおねがいします。」
「いきなり秘密がばれちゃったね。クラスのみんなにはないしょだよ☆」
 ほむらと最初に出会ったときのまどかはすでに魔法少女だった。やがてやってくるワルプルギスの夜を倒すため善戦するも、倒されてしまう。まどかが絶命したあと、ほむらはキュゥべえと魔法少女の契約を交わす。
「鹿目さんとの出会いをやり直して、彼女を守れる私になりたい!!」
「君の願いはエントロピーを凌駕した。契約成立だ。」
 魔法少女の姿になったほむらは小盾のギミックを作動させる。時をさかのぼる能力を身に着けたほむらは、まどかと出会う前の3月16日をやり直す。終わりなき時間遡行の旅の始まりであった。
 何度も時間を巻き戻すうちに、キュゥべえ…インキュベーターとの契約の意味、そして魔法少女とはどういうものかをほむらは知ることになる。いずれは魔女になる運命。それに乱心した巴マミを殺める事態も発生した。その頃には積み重なる因果によってまどかの魔力が飛躍的に増大。ついにワルプルギスの夜を打ち倒した。
「お手柄だよ、鹿目まどか。まさか一発でワルプルギスの夜を倒すなんて…。まあ、でも最強の魔法少女は最恐の魔女になるわけなんだけどね。」
 ほむらとキュゥべえは、巨大な山のような魔女を眺めている。かつて鹿目まどかだったもの。ありとあらゆる生命を「天国」に送り出す救済の魔女。
「このペースならあと10日もあれば地球上の全ての生命を吸い尽くすだろう。」
「…」
「ほむら、彼女と戦わないのかい?」
「私の戦場はここじゃないわ。」
 小盾のギミックを作動させ、ほむらは過去へ時間を巻き戻した。
「まどかをインキュベーターと接触させてはいけない。」
 ソウルジェムの力で視力を回復させたほむらは、まどかを契約させないために時間軸の中でまどかとキュゥべえが出会うタイミングをマーク。徹底的につぶした。資質の問題で足りない魔力を補うために、軍隊や「自由業の事務所」から武器を奪取。一人でワルプルギスの夜に対峙するも、いまだに倒すことはかなわず、ほむらはさらにループを重ねる。
「もう、いいんだよ!!これ以上がんばらなくていいんだよ。」
 なぜ気づかなかったんだろう。彼女は、この前転校したばかりの少女だけれど、まどかはずっと彼女に護られていた。夢だと思っていた出来事は本当は夢ではなく別の時間軸の出来事だった。まどかは別の時間軸の記憶を思い出すことで、ほむらの真意に触れることが出来た。
「ほむらちゃんはずっと私のために戦ってくれていたんだね。出口の見えない迷路を何度も何度もやり直して、ここまで来たんだね。夢で会ったような気がしたのは、夢じゃなかったんだ…。」
「私は、今までずっとグズでのろまで何も取り柄がないと思ってた。でも私には命をかけても戦ってくれている友達がいる。そして、パパ、ママ、弟のたっくん、ミタキハラの人たちに支えられて生きている。だったら、みんなの為にこの力を使うよ。」
 まどかの目の前に白い小動物が姿を現す。
「どうやら決意が固まったようだね。」
「キュゥべえが見せてくれた過去の記憶。そして人類の歴史。おかげでわかったんだよ。どうすれば問題を解決できるかを、ね。私はそれを魔法少女になるための願い事にするね。」
「では言ってくれ。君の魂をかけるに値する願い事を。」
「うん。」
 その前にまどかは深呼吸をして、高ぶった気持ちをリラックスさせる。少女の魂を代償とした契約の時間は、今、始まろうとしていた…。



 
 
 時間は少し遡る。まどかが気を失っている間、ほむらとソーは、天空で嗤う魔女「ワルプルギスの夜」にとどめを刺すべく行動中であった。使い魔の妨害は激しく、ほぼ全ての弾薬を使い切ってしまっていた。そこでほむらが小盾から取り出したものは…。
「弓矢か?ほむらにしては珍しいな。」
「ちょっと借りてきたのよ。」
 弓矢といっても特殊部隊が使うような折りたたみ式の漆黒の弓。そして矢筒には16本の矢が入っていた。屋筒には機械的な仕掛けがあり、鏃を交換することが出来るようだ。ほむらは矢筒を肩にかけると一本の矢をつがえ、そして放つ。使い魔の1体に当たり消滅。
「やるねぇ。」
「この弓なら、矢だけでなく杭も打ち込める。あとは手はずどおりよ。おねがいね、ソー。」
「ああ。まかせてくれ。」
 ソーは、ほむらを抱きかかえ、ムジョルニアを振り回し飛翔する。着いた先はなんとワルプルギスの夜の真上であった。舞台装置の機械のような歯車がガタガタと音を立てている。一部はマミの攻撃で破損し、スカートの部分がボロボロになっていた。魔女の巨大さに改めて驚くソー。
「こんなところに乗って大丈夫なのか?」
「ここは安全地帯よ。しばらくはしのげるわ。」
「狙う場所は逆さ人形の胴体なんだな。」
「ええ。私がそこにたどりつくまで陽動をお願い。私が杭を打ち込んだら、そこにムジョルニアを思いっきり叩きつけて。」
「それはいいが、杭が貫通する前につぶれちまうかもしれないぞ。」
「それが狙いよ。ムジョルニアの打撃と魔力で杭は中で爆発する。かつて佐倉杏子もソウルジェムの力を爆発させて魔女を葬ったことがあるわ。それの応用よ。」
「よくわかんねえが、それできまりだ。しかし、杏子ってやつはすげえな。そんな無茶な事をしてもこうして生きているわけだろ?」
「正確に言えば、別の時間軸の杏子よ。」
「時間軸?? …まあいい。行くぞ。」
「ええ。」
 合図の直後、2人は巨大な歯車から落下。ソーは陽動のため、ややオーバーリアクション気味に空中でムジョルニアを振り回し魔女の気をそらしていく。一方ほむらは魔女の中心である「逆さ人形」の胸に杭を打ち込むため、魔女にしがみつきながら徐々に下っていく。途中、ピンク色の使い魔が3体立ちはだかる。ほむらは矢を3本取り出し同時に射出。それぞれの使い魔に命中、そして消滅。
 使い魔たちをある程度潰し、進路を確保したほむらは意を決して大空に身を投げる。使い魔たちはそれでも追いかけるが、ほむらは1体ずつ漆黒の弓から放たれる矢で仕留めて行く。目指すは吊り下げられた人形の胴体。落下するほむらとの距離は約3メートル。そこでほむらは小盾を操作し時間停止。ほむら自身の落下も止まった。時間停止によってもたらされた静寂、ミタキハラの空。凍りついた世界を支配するのは、ほむらただ一人。ほむらは小盾から、「杭」を取り出す。
 ほむらには策があった、別の時間軸で、杏子が魔女…かつて美樹さやかだったモノを葬る際に使った方法。それは「ソウルジェムの自壊」彼女は自身でソウルジェムを破壊し、魔力を暴発させることで、魔女と共に壮絶な最期を迎えたのであった。
「一人ぼっちじゃさみしいもんな…。」
 別の時間軸で、魔女と共に散った「聖女」の声がほむらの脳裏をよぎる。杭は特殊な構造になっていて中にソウルジェムを入れるスペースが設けられている。さらに杭の頭に衝撃を与えると中のソウルジェムを押しつぶす仕組みになっていた。なぜこのような方法が必要だったのか?それは、ほむらの蓄えられる魔力が他の魔法少女より少ない事に起因している。そのままではワルプルギスを葬るだけの魔力が無いことを悟ったほむらは、足りない魔力を補う方法を画策した。そのためには雷の魔力を蓄えた戦槌…ソーのムジョルニアが必要だったのである。
 ほむらは左手の甲にはめられた菱形のソウルジェムをはずした。掌に乗せると卵形の形状に戻った紫のソウルジェムを杭の内部に納めると、それを弓につがえ、力いっぱい引き絞る。引き絞られた弓から、ソウルジェムを収めた杭が放たれる。ほむらから離れた杭は他と同様に停止する。小盾をまわし時間停止を解除、放たれた際の衝撃と魔女の体内に入り込む感触がソウルジェム越しに伝わり、ほむらは思わず声をあげそうになるが必死で押さえた。
「杭は打ち込んだわ。ソー!後はお願い!」
「おっしゃ、あとは任せろ!!」
 ムジョルニアを携えた雷神は、使い魔の追撃を強引に押し切り、杭に向けて一直線に突き進む。掲げたムジョルニアは力を蓄え、稲妻が全体にほとばしっている。それを確認したほむらは安らかな微笑をうかべた。ソウルジェムから離れた身体は、抜け殻のように力なく地上へと落下していく。
「まどか、これでようやく…。」
 ほむらにとっては落下する自分の身体の事などは、どうでもよかった。魔法少女にとってソウルジェムの損失は死を意味する。魂を抜き取られた身体はただの「操り人形」にすぎないからだ。
 「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!」
 雄たけびをあげるアスガルドの雷神。魔力が満ちたムジョルニアを杭に叩きつけるために空を翔る。しかし、それはソウルジェムの破壊…暁美ほむらの死を意味する。その事はソーには知らされていなかった。もし知れば、彼は計画に協力しなかっただろう。
『もし、私になにかあったら、まどかの事をお願い。』
 ソーはずっと先ほどのほむらの言葉が気になっていた。おそらくほむらは魔女と刺し違えるつもりだろう。しかし、具体的にどうするのかはソーには理解できなかった。使い魔の群れを潜り抜け、ようやく魔女を目視できる距離まで近づくと、ほむらの言葉の通り、逆さに吊られた人形の胸に杭が打ち込まれていた。
『…魔力は感じられないが?』
『魔力はこれから充填させるから安心して。』
 先ほどと違い、杭の中心に魔力を感じる。ほむらが充填させたものだろうか?そこめがけてムジョルニアを叩き付けんと向かうソーに少女のイメージが流れ込む。
『…だめ…それは、ほむらちゃんの………』
 少女のイメージは杭の前に現れ消えた。間髪明けずに、ソーは、ソウルジェムを落とされ気を失った義弟ロキ、そして、魔女になる前にジェムを砕かれた美樹さやかのことを思い出す。
 ソーが砕こうとしていたのは、他でもない、暁美ほむら「そのもの」だったのだ。
「ふざけるなぁ!!!」
 激高したソーはワルプルギスの夜に刺さった杭を引き抜き、渾身の力でムジョルニアを傷口に叩き込んだ。稲妻が魔女を包み、悲鳴をあげたものの、致命傷とまでは行かなかった。意に介さぬソーは急降下し、糸の切れた操り人形のごとく落下しているほむらの身体を抱きかかえ、地上に着地。大きな衝撃と共にアスファルトの地面が割れた。
「ほむら!これは一体どういう事だ!!」
 ソーは杭を両手と膝を使って真っ二つにすると、中からほむらのソウルジェムを取り出した。ほむらは意識を取り戻していた。
「これしか方法が無かったのよ。」
「俺に人殺しをさせるつもりか?!」
「もう…私は人間じゃないわ。」
「だったらまどかはどうするんだ!」
「まどか…まど…か…。」
 気丈に振舞っていたほむらの緊張が緩み、その場に崩れ落ちる。ソーは頭をかきながら、バツが悪そうに右手を差し出し、彼女の手をつかむ。
「魔法少女だろうがなんだろうが命を粗末にするんじゃない。俺にそれを教えてくれたのは他でもない、まどかだったんだからな。」
 立ち上がり、涙をぬぐうほむらはただうなづくだけだった。しかし、ここでの油断がピンチを招く。上空にいる魔女が切り取ったビルの残骸の一つがほむらとソーめがけて
轟音とともに急降下をはじめていた。避けるには距離が近すぎる。ソーは舌打ちするとムジョルニアと共に飛翔。渾身の力で残骸に戦槌を叩きつける。
「うおおっ?!」
 ソーの一撃でビルの残骸は砕けたものの細かい瓦礫がほむらに襲い掛かる。ソーはほむらを身を挺してかばうが、瓦礫の量が多すぎた。幸いにも大きなダメージはないものの、ほむらたちは砕かれた瓦礫に埋もれ、身動きが取れない状態になっていた。
「ほむらちゃん!!」
 ピンク色のツインテールの少女がほむらたちのもとに駆け寄る。瓦礫の山から彼女らを助けようとするも、ソーは先ほどの衝撃で気を失ったままだ。
「まど…か…。」
「ごめんね。ほむらちゃんは、私のために長い…長い旅を続けてきたんだよね。でも、もういいんだよ。」
「いいって…何を!?」
 まどかはほむらのそばに駆け寄るとハンカチを取り出し、ほむらの顔についた泥や血をふき取っていく。
「キュゥべえの記憶や私が思い出した記憶…。魔法少女がやがて魔女になり、そのエネルギーが宇宙を存続させている。それは必要なことなのかもしれないけれど、宇宙全体の問題を魔法少女だけに押し付けるなんて、あんまりだよね。」
「ほむらちゃんは何度も何度もやり直して、今回は眼帯のおじさんと契約して、ソウルジェムの解析をしたりドイツにいったりして、私が魔法少女になるのを阻止してくれたんだよね。」
「まどか!あなた、何を考えているの!?」
「ほむらちゃんがいてくれたから、今の私がいる。ほむらちゃんがくれたこの力なら、今度はうまくいくと思うんだ。きっとね。」
 まどかは立ち上がって歩き出すと、その先に白い小動物がちょこんと座っていた。
「契約する気になったかい。まどか。」
「だめ!そいつと契約したら、今までの私は…。」
「ほむらちゃんはそこで見ていて。今までのほむらちゃんのがんばりは分かっているから。だからこそ、ここで見届けてもらいたいんだよ。」
 ほむらは必死になってもがくが、覆いかぶさった瓦礫は少女の力ではどうにもならなかった。ソーはまだ気を失ったままだ。時間を巻き戻そうと試みても左腕の小盾は動かせない。
「さあ、願いを言ってくれ。君の魂をかけるに値する願いを。」
 まどかはキュゥべえの前に立ち、深呼吸をしたあと、ほむらの方を向いて微笑んだ。契約の瞬間が始まる。
「私の願い。それは…」
「この世の、全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。過去も、今も、そして未来も!!」
「そんな事が許されるはずがない。君の願いは因果律に対する叛逆だ!!」
「それが私の願いよ。さあ、答えてよ、インキュベーター!!!」
 その瞬間、まどかを中心に衝撃が走る。積み重なった因果がまどかを中心に収束し、膨大なエネルギーがまどかの胸からほとばしる。やがて、それは収縮しピンク色のソウルジェムに変成した。
「そんな?契約が成立するなんて!?君は神にでもなろうというのかい??」
「キュウべえ、みんなに夢と希望を与えるのが魔法少女なんだと思うんだ。これまでの魔法少女の祈りを、絶望でおわらせちゃいけないんだよ。だから、今までとこれからの魔女を全部なかったことにするね。」
「正気なのか?全ての時間軸に干渉することで君自身が自我を保てなくなる。存在が消えてもいいのかい?」
「いいよ…。」
 まどかのソウルジェムが煌き、大学ノートに書き記したとおりの魔法少女の姿に変わる。まどかかはおどけた表情を見せると、残像を残して消失した。
 



 
 上空。ミタキハラに向かう核ミサイルをトニー・スタークは自分の体を挺して進路を変えていた。ミタキハラまであとわずか。ミサイルを押さえつけるトニーに笑顔のまどかが近づいて来た。
「まどか?その姿はまさか!?」
 まどかはトニーにミサイルから離れるようにジェスチャー。トニーが離れると、なぜかミサイルの巡航速度がスローモーションのようにゆっくりになる。それを確認すると、まどかは先にピンクのつぼみのついたロッドを取り出す。するとロッドは巨大な対艦刀に変わり、それをミサイルにめがけて斬りつける。
「おい!それは??」
 真っ二つに切りつけられたミサイルは爆発するかわりに大量のピンクの花びらに変わり、空に花吹雪を散らしていった。ミタキハラは核の脅威から救済されたのだ。
「…散りゆく花びらで、一足早い花見酒といこうか。」
 何が起きたのか分からないトニーは呆然としながら、まどかの去った花吹雪の空を見ながらつぶやいた。



 
 
 核の脅威から救済されたミタキハラ。まどかはワルプルギスの夜の目の前に姿を現す。古代グンマー帝国の技術で建造され、32階、153メートルの高さを誇ったグンマー県庁だが、魔女の顕現により大半が削り取られ、無残な姿をさらしている。
 10階部分の床にまどかは降り立った。ピンク色のツインテールがふわっと揺れる。まどかは再びロッドを取り出すと、それをくるくると回し始めた。ロッドを魔女に向けると柄の部分が湾曲し、弓のような形状に変化した。
「もう、誰も恨まなくてもいいんだよ。私が全部受け止めるから…。」
 まどかが弓を引き絞る。その指先が軌跡を描くと光の矢が生成された。弓の先端にあるピンク色のつぼみが徐々に膨らみ、大輪の花を咲かせた。同時にまどかが光の矢を放つ。
 放たれた矢はピンク色に輝く一筋の光となり、魔女を貫いた。歯車が礫壊し、ワルプルギスの夜が崩壊する。ピンク色の使い魔たちが輪になってダンスを踊り、そして消えた。ワルプルギスの夜は倒されたのではない。まどかによって救済されたのだ。「全ての魔女を生まれる前から消し去る」それが彼女の願いであったのだから。それは、ほむらたちを閉じ込めていた「終わらない夜」が終焉した瞬間でもあった。
 まどかは再度弓を引き絞ると、今度は幾百、幾千もの光の矢を上空にむけ、次々に放っている。数えるのを諦めてしまうほどの大量の光の矢が虚空に向けて放たれる。まどかが放っているものは他でもない「まどか自身」である。そして行く先は全ての時代に存在した魔法少女たちである。
 まどかがインキュベーターの記憶で見た魔法少女たち。彼女らが絶望し魔女へ変容する前にまどかは自分自身を転移させ、魔女になる前に彼女らを光に変え、消し去ることで救済する。この奇蹟は後の世に「円環の理」と呼ばれるようになる。インキュベーターが最初に生み出した魔法少女から、日出る国の巫女、救国の乙女、砂漠の国の女王…。過去、現在、未来、全ての時代の全ての魔法少女をまどかは救済しているのだ…。もちろん、「彼女ら」も…。



 
 
 ここはミタキハラのコンサートホール。バイオリンのコンクールが行われている最中である。舞台の上で少年がヴァイオリンを演奏する。曲目は「アベ・マリア」少年の名は上条恭介(かみじょうきょうすけ)、彼の左腕は不慮の事故により不随となっていたのだが美樹さやかがキュゥべえとの契約によって彼の左腕は「奇跡的に」回復した。しかし、彼はその事を知らない。
 中学生とは思えない卓越した演奏は会場を魅了し、演奏後には惜しみない拍手が送られた。恭介は一礼すると壇上から舞台袖に向かう。そこにはミタキハラの制服を着たウェーブのかかった緑のロングヘアの女性が出迎える。二人は笑顔と共に舞台袖から姿を消した。
「ごめん、さやかちゃん。いろいろがんばってみたんだけど…。」
 後部の客席にいる制服姿のまどかが話しかける。彼女の視線の先には青いショートカットの少女が微笑んでいる。
「ありがとう、まどか。これで思い残すことはないよ。」
「上条君がもう一度ヴァイオリンを弾けるようになるにはこれしか方法がなかったんだよ。」
「私はね、アイツが思いっきりヴァイオリンを弾けるようになってくれれば、他に何も要らないんだよ。…まあ、悔しいけれど私がいなくても仁美がサポートしてくれるだろうし。」
 さやかは恭介と舞台袖から姿を消した少女についてやっかみ半分に話すが、彼女は終始笑顔であった。
「…で、まどか、私に手伝ってもらいたい事って?」
「うん。ちょっと大変なことなんだけど…。」
「水臭いな〜。まどかと私の仲じゃない。かばん持ちでもなんでも手伝うよ!」
「お願いね。じゃ、いこっか…。」
 2人は姿を消していく。彼女らが座っていたそれぞれの座面が静かに折りたたまれ、静寂が劇場を包んだ。
 



 
「おかあさん…。」
 大量のお菓子や包装紙が積み重なった世界に、一人の魔法少女が倒れこんでいる。ふわふわとした薄紫のウェーブヘアーにネコミミのような頭巾をかぶり、すずらんのようなまんまるのスカート。彼女のソウルジェムも穢れが蓄積し、ジェム全体に広がりつつあった。
 彼女に向けて放たれたピンクの矢はまどかの姿に変わり、倒れた場所の近くにちょこんと着地する。
「もう大丈夫だよ。」
 まどかが彼女のベルト部分にあるソウルジェムに手をかざすと、穢れたソウルジェムは消失し、彼女の苦痛も軽減されていった。
「…ありがとう、おねえちゃん。」
 笑顔の戻った少女はまどかに微笑む。
「じゃ、いこっか。」
「行くってどこなのです??」
「…う〜ん。ここよりも、きっと楽しい所だよ。」
「チーズはあるのです?」
「チーズ??」
 首をかしげるまどか。
「なぎさは、なぎさはチーズが食べたいのです!!」
「なぎさちゃんだっけ…あるよ。チーズもお菓子もあるんだよ。」
「やった〜!」
百江(ももえ)なぎさと名乗った少女は力をふりしぼって万歳をする。まどかは彼女の手を取り、そのまま光の中に消えていった…。



 
 
 ミタキハラ、グンマー県庁跡。まどかの立っていた箇所から発生した強大なエネルギーは付近の瓦礫を空へ押し上げていく。瓦礫に埋もれていたほむらとソーも例外ではない。彼女らは瓦礫ごと空に飛ばされたが、ソーだけは途中で意識を取り戻し、ムジョルニアの力で脱出することが出来た。一方ほむらはそのまま空へ飛ばされていく。ほむらはその中で意識を失いつつあった。
 ほむらが意識を取り戻すと、広大な宇宙空間にその身をおいていた。地球であろうか?青い惑星の姿も見える。ほむらはなぜか魔法少女の姿ではなく、白いドレスを着ている。なぜこんな所に?漂い続けるほむらに懐かしい声が聞こえてきた。
「ほむらちゃーん。」
「ま、まどか??」
「やったよ。ほむらちゃんのおかげで魔女のいない世界が出来たんだよ。」
「あなたは…自分がなにをやったか判っているの!?」
 辛辣な言葉とは裏腹にほむらの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「私が宇宙のみんなに忘れ去られちゃうんでしょ。別に平気だよ。」
 ほむら同様に白いドレスをまとったまどかは、ほむらをそっと抱き寄せた。
「宇宙全体の事を考えれば、そのほうがよかったのかもしれない。でも私は、魔法少女の祈りを絶望で終わらせるそんな世界は、間違っていると思うんだ。だから、魔女になる前に私がそこから連れ出せばいい。それが出来たのはほむらちゃんのおかげだよ。」
「全ての人にあなたの存在を忘れられてしまうのよ!まどかは寂しくないの?!」
「ほむらちゃんは覚えていてくれるよ。だって私のために今まで戦ってくれたんだからね。」
「でも!もう二度と会えなくなっちゃうなんて!!」
「それは違うよ。」
「違わない!!」
 駄々っ子のようにごねるほむらの頭をやさしくなでながら、まどかは語りかけた。
「確かに私という存在はみんなには見えなくなっちゃうけど、それはいなくなったわけじゃない。いつでもそばにいるよ。そして遠くない未来、私のほうから会いに行くから…ね。」
「あ、そうだ。」
 まどかは自分のツインテールのリボンを引っ張り、それらをほどいた。赤いリボンをほどくと、ピンクの髪がふわっと揺れた。細くて赤いリボンをほむらに手渡す。
「これは…?」
「魔法少女は自分が親友と認めた相手と身に着けているものを交換するんだって、マミさんが言ってたんだよ。これは『私の最高の友達』に。受け取ってくれる??」
「…う…うん…。それじゃ、わたしも…」
 ほむらは赤いリボンを握り締めると、もう片方の手を自分のカチューシャにあてようとするその瞬間、背後で輝く地球に不穏な気が迫る。
 それは青い地球を包み込まんとする巨大な黒い腕のようなエネルギー体。これも魔女というのだろうか?まどかはその様子を今までにない険しい表情で見つめる。
「ごめん、ほむらちゃん」
 まどかは、ほむらから離れるとまばゆい光に包まれた。ほむらがまぶしさのあまり目を背けた一瞬の間に、まどかの姿は変容していた。その容姿は魔法少女のそれではない。以前よりさらに淡いピンク色の髪の毛、ツインテールの後ろには長い髪の毛がたなびく。白く長いロングスカート、背中には巨大な翼が。そして彼女の瞳は琥珀色の輝きを放っていた。女神…。今の彼女を形容するに最もふさわしい言葉であろう。
 まどかは魔法少女の時と同様、弓を取り出し、光の矢をつがえる。形状こそ類似しているものの、蓄えられた魔力は先ほどとは比べ物にならない。弓の先には、ピンク色の炎がかがり火のように燃え、宇宙を照らす。
「もし、私の願いがかなったのなら…全ての魔法少女は、絶望する必要なんて、ない!!」
 魔力を蓄えた光の矢は地球に覆いかかる巨大魔女に向けて放たれる。一本の光の矢は何千、何万という光の雨となり、魔女を浄化してゆく…。新しい秩序が始まりを告げたのだ。
「まどかっ!!」
 巨大魔女が消滅する際の衝撃は、ほむらを虚空の宇宙に吹き飛ばす。宇宙全体を揺るがす衝撃を受け、ほむらの意識が朦朧としていく…。
 
 



「おい、しっかりしろ!ほむら!!」
 ほむらが再び目を開くと、先ほどのミタキハラの風景であった。マスクをはずしたスティーブが心配そうな顔をする。
「私は…。」
「意識が戻って何よりだ。トニーが空中に放り上げられているほむらを捕まえてここまで運んできたんだ。どこか怪我はないか?」
「まどかは!まどかはどこ??」
「遭難者のリストにはそのような名前の人物はいなかったようだが。トニー、知っているか?」
「まどかという女性は聞いたことがない。君の友人か何かか??」
 ほむらは悲痛な表情を見せ、赤いリボンを握り締めた。
「それが、まどかの身に着けていたものなのか?」
「…ええ、おそらく彼女はここにはいないでしょう。取り乱してごめんなさい。」
 立ち上がり、体についた土をはたくほむら。
「今日の仕事はこれで終わり。オーバーワークだ。明日は休日にしよう。超巨大魔獣も倒したわけだしな。なあ、杏子。」
「ま、オッサンたちがでしゃばらなくたってあたしたち魔法少女だけで何とかなったけどな。」
 そう言いながら佐倉杏子が懐からプレッツェル「ロッキー」の箱を取り出し、数本をかじりはじめる。
「しかし杏子。君の親友は…。」
 スティーブの問いに杏子は気丈に振舞う。
「まあ、仕方ないさ。魔法少女をやっていればいつかはその時が来る。ソウルジェムの魔力が尽きたとき、あたしたちは、えん…ナントカの…」
「円環の理(えんかんのことわり)よ、佐倉さん。」
 制服姿の巴マミが割って入る。
「そうだった、円環の理。あたしもその内そうなるかもしれないけどさ。それよりもさ、マミ。ティロ・ヴェンデッタだっけ?緑のオッサンが来てくれなければ魔力がなくなって危うく死にそうだったんだぞ!」
「あら、心配してくれてたの?佐倉さん。」
「うるせえ!!」
 隣ではハルクが吼えている。勝利の雄たけびのようだ。
「…え?魔獣??円環の理???」
 聞きなれない言葉が頻出し、ほむらは困惑する。そこに戦槌を持った大男が話しかける。
「ほむら、あいつは、ここミッドガルトからいなくなった。この宇宙の新たな理を作るために…。」
「ソー、あなたは記憶を??」
「ま、神様だからな。」
 雷神はとぼけた表情を作りながら無精ひげをいじりだした。
「杏子、ミタキハラにはシャワルマの店はないのか??」
「ドネルケバブならあるよ。屋台で売ってる。」
「じゃ、そこに決定。みんなでシャワルマタイムだ。」
「全部トニーのおごりな。」
 トニーは肩をすくめおどけた表情を見せた。
「…その店、VISAやMASTERのカードは使える?」
 アベンジャーズと魔法少女たちはそれぞれシャワルマをかじりながら、しばし勝利の余韻にふけっていた。数々の修羅場を潜り抜けた彼らには、余計な言葉などいらななかった…。



 
 
「というわけだ。ミッドガルトの人類には大変申し訳ないことをした。我が愚弟はアスガルドにて、父王オーディーンの名において公正な裁きを下す。」
 グンマー県庁跡の見える公園で、アスガルドの王子、ソーが手錠と猿轡をはめられたロキと共に立っている。よく見ると、ロキの指には魔法少女の証である指輪がない。
「お前もなんか言ったらどうなんだ。」
「ふしゅる〜、ふしゅる〜。」
 口かせをされたロキは空気音を吐き出すのみだ。
「ま、それがニックのオッサンの判断ならこれ以上何も言わないよ。せいぜい頭を冷やして反省すんだね。」
 杏子がロキに絡んでも当人は見ないふりをしている。そんな中ソーは不可思議な言動を繰り返していた。
「…ああ、もうおまえらはこっち側の人間だからな。杏子には見えないんだ。ああ、もう泣くな!!…あとそこ!チーズは戻ったら食わせてやるからおとなしくしていろ!」
「なんなんだよ!そこ、笑っていないで、なんとか言ってやれよ。保護者だろ!!ったく!おれは引率の保育士じゃないんだからな!!」
「…」
 誰もいない空間に向け、一人芝居をしているソーに唖然とする魔法少女とアベンジャーズ。
「ほむらにパントマイムでも教わってきたか??」
 スーツ姿のトニーの言葉にハルク…バナー博士が噴き出す。
「なににせよ、これでまた静かな暮らしに戻れる。」
「そのことなんだが…バナー博士を是非わが社のラボに招待したい。もちろんストレスフリーの環境を約束しますよ。」
「スターク社のラボ…試す価値はありそうかな?」
 バナー博士もまんざらではないようだ。
「そういえば、暁美さんとロジャースさんは?」
「あの二人はけっこうアヤしい雰囲気だったからな。今頃…。」
「え?あの二人が…まさか???」
 トニーのジョークを真に受けたマミが顔を真っ赤にする。
「もう時間だ。ほむらたちにはよろしく言っておいてくれ。今からこいつらと一緒にアスガルドへ戻る。また会いたいが、その機会は来ないほうがいいのかもしれない…。さらばだ。」
「ふしゅるー。」
 そう言い残すと、ソーとロキはまばゆい光と共に、彼らの故郷アスガルドへ転送されていった。ソーらが転送されたのと入れ違いにヘルメットをかぶったスティーブとほむらが到着する。
「道が混んでた。」
 メットを脱いだスティーブにトニーが語りかける。
「悪いな。ソーとロキは一足先に旅立った。二人によろしくとな。」
「そう…。」
 ほむらは表情ひとつ変えずつぶやいた。
「ソーは一人芝居がうまくなってたぞ。あのときの演技指導のおかげか??」
 ほむらは一瞬驚くが、また普段の表情にもどった。
「そんなところね。ソーとロキ以外にそこに誰かがいたんでしょう。」
「はは、いいジョークだ。では行くとしますか、バナー博士。」
 トニーはアキュラのオープンカーのキーを取り出すと、バナー博士をエスコートし、自分もコックピットに滑り込む。
「これはアキュラかい?」
「ああ、コンセプトカーだ。アキュラのディーラーは日本にはないようだが、早くこっちにも進出するといいな。」
 2人を乗せたオープンカーは、公園から姿を消した。
「私達も行きましょう、佐倉さん。」
「まあ、例の魔獣さわぎでこの界隈が大変なことになっているからな。しばらくは手伝ってやるよ。」
「それから暁美さん!」
「なにかしら?」
「男女交際は清く!正しく!不純異性交遊は駄目ですからね!!」
「…」
 マミと杏子も公園から姿を消し、公園にはほむらとスティーブだけが残された。対策チームの解散…人類につかの間の平和が訪れた瞬間であった。
 



 
 ミタキハラシティのどこにでもあるコーヒーショップのテラス席。ほむらの話を聞いたスティーブは絶句し、目のあたりを必死に押さえていた。空になった紙コップは彼の握力でグシャリとつぶれた。
「ほむら、本当なのか?円環の理や、魔獣の話は!そして君のつけている赤いリボンは…。」
「本当よ。まどかの救済は今も続いている。私達、魔法少女が終わりを迎えたとき、魔女になる前に彼女が救済する。まどかは新しい概念になったのよ。そして、魔獣は魔女の替わりに出てきたモノたち。私達はこれらを狩ることでグリーフシードを手に入れ、魔力の糧とする。私達の戦いは終わらないわ。」
「先ほど見せてくれた黒いキャンディーみたいのがグリーフシードか…。」
 すると、コーヒーショップの雰囲気が変わり、東南アジアの僧侶のような風貌に顔の辺りにモザイク処理がほどこされたモノ…魔獣たちがほむらとスティーブを包囲して行く。
「最後に一仕事、手伝うよ。」
「お願いするわ。でもグリーフシードはあげないわよ。」
すかさずスティーブはヴィブラニウムの盾をとりだした。ほむらも一瞬で魔法少女に変身するが、取り出したものは…。
「この弓は…?」
「ええ、魔法の弓よ。」
 魔力で生成された弓から放たれるマジカルアローは魔獣に突き刺さり、消滅して行く。スティーブも盾を投げ、反射を使って複数の魔獣を葬り去るも、魔獣の数は衰えない。緊張状態のほむらに懐かしい声が聞こえる。
「…がんばって…。」
 その声を聞き、ほむらはニヤリと口をゆがませる。背中から漆黒の翼が現れ、魔獣の群れに向かって突き進んだ。その瞬間、闇に呑まれた魔獣は全滅した。地面に降り立った少女は髪の毛をかきわける。盾を収めた青年にも笑顔が戻った。
 魔法少女と魔獣の戦いは終わることはない。もし終わりがあるのならば、それは自身のソウルジェムが濁り、限界を迎える時だ。しかし案ずることはない。全ての魔法少女は魔女に身をやつす前に円環の理によって救済される。全ての魔法少女のために祈り「概念」となった少女がいる限り…。


まどか☆マギカVSアベンジャーズ1.0 エピローグ「アフター・ザ・グンマーエンパイア」〜おわり〜

おまけ

 荘厳かつ優美な建造物が並び、全能の神として知られるオーディーンが治める世界、アスガルド。彼らの存在は北欧の神話として語り継がれているが、多くの人類はそれらが事実であることを知らない。世界をつなぐ虹の橋…ビフレストを渡り、ソーとロキは彼らの故郷へと帰還した。しかしアスガルドにたどり着いたのは彼らだけではない。青いショートヘアに騎士装束をまとった少女。ラッパを持ち、薄紫のウェーブヘアーに道化のような衣装をまとった少女。そして琥珀色の瞳を持った淡いピンク色の髪の少女。5人が姿を現すと、鎧に身を包んだ橋の門番ヘイムダルは、王子とその一行にかしずいた。
「北欧神話の世界だから、アスガルドってもっと寒いところだと思っていたよ。」
「チーズ、チーズ!!」
「ああ、もうこいつらどうにかしてくれよ。なんでよりによってこいつらなんだ?」
 王子はピンク色の髪の少女に彼女らを静かにさせるよう嘆願する。
「さやかちゃんも、なぎさちゃんももう少しおとなしくしていてね。」
「はーい。」
 さやかとなぎさは、少女の願いを聞き入れ、王子と共に王城へと入城した。
 謁見の間。アスガルドの技術と芸術の粋を集めた調度品が並び、全体が黄金の色合いでまとめられている。両側にはアスガルドの兵士が並び、はるか奥の玉座には肘を突き、白い髭を蓄えた隻眼の王が鎮座している。さやかとなぎさも状況を察したのか騒ぐのをやめ、王子とピンク髪の少女の後ろを恭しく歩く。彼女らは従者なのだから。
「よくぞ戻った、我が息子よ。」
 威厳のある声があたり一面に響く。全知全能の神オーディーン。北欧神話の最高神にてアスガルドの王。ソーの父親でもある。
「父上、お目覚めで。」
「うむ。先ほど目覚めた。ロキは、無事であろうな。」
「あいつは独房にいます。魔法少女の契約も、『彼女』の力で因果律を改変し契約自体をなかったことにしました。」
「ご苦労であった。ミッドガルトでの疲れ、しばしの間、ここで癒すがよい。」
 オーディーンは立ち上がると、純白のドレスに身を包んだピンク髪の少女の元へ近づいた。
「よくぞ参られた、円環の理よ。人の子ながらその身を数多の魔法少女を守るための概念に変え、過去、現在、未来を支えるその心意気やよし、天晴れである。そして、ロキ…我が息子を救済してくれたこと、王ではなく、父として心より感謝の言葉を申し上げる。」
「もったいないお言葉ですオーディーン王。私は、私の願いをかなえただけですから。子を思う親の気持ち、心中お察しいたします。」
「円環の理よ。そなたの真名はなんと申す?」
 少女はドレスを翻すと、王に自分の真名を名乗った。
「私の名前はまどか、鹿目まどかです。」

 グンマーエンパイアの戦いは一人の少女の願いによって終わりを告げ、宇宙全体が平穏を取り戻すであろう。また次に騒乱があったなら、再び彼らを呼べばいい。アベンジャーズ、そして、魔法少女達を…。
おまけ〜おわり〜
 
 
 
[この続きは3月1日のまどか☆マギカVSアベンジャーズ1.5のサイドストーリーで明らかになる。アベンジャーズたちの活躍に期待しよう。アッセンブル!!]



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